練馬ラボラトリー

理系院卒による数理ブログ

ディラックのファイバー束

はじめに

物理科や数学科では「Diracもファイバー空間を考えていた。」というのはかなり有名な言い伝えになっています。そのディラックの研究というのは、おそらく1931年の非可積分位相について研究した論文(ディラックモノポールで有名な論文)のことだと思われます(違うかもしれません。別の論文の可能性もあります。)学生時代に読もうとして挫折。最近思い出してまた読んでみました。

ゲージ変換

出発点はシュレンディンガー方程式です。

電子と磁場が相互作用するときは

\begin{equation}i\frac{\partial}{\partial t}\psi=\frac{1}{2}(i\nabla+A)^{2}\psi\end{equation}

ここでA=(A_{1},A_{2},A_{3})は磁場のベクトルポテンシャルです。B=dA=rot Aが磁場になります。物理定数は1にしました。

\psiが上の式の解だとすると\psi e^{i\gamma}

\begin{equation}i\frac{\partial}{\partial t}\psi e^{i\gamma}=\frac{1}{2}(i\nabla+A+\nabla\gamma)^{2}\psi e^{i\gamma}\end{equation}

の解になります。ここで\gamma=\gamma(x,y,z)

要するに、磁場のゲージ変換と波動関数の位相のシフトは同じだということです。

\begin{eqnarray}&&A\to A+\nabla\gamma\\&&\psi\to \psi e^{i\gamma}\end{eqnarray}

そして、磁場との相互作用まで広げると、e^{i\gamma}複素平面の回転作用ですから、波動関数にはU(1)対称性があることもわかります。

Aはその微分が磁場になるので、一般にdA\neq 0であり非可積分です。それでもディラックA積分\betaが存在するとしてd\beta=Aとおいて考察するわけです。これが非可積分位相です。

d\beta=Aは数学的にはフィクションですが

\begin{equation}de^{i\beta}=iAe^{i\beta}\end{equation}

には共変微分という形で意味をつけることができます。

接続

ベクトル束として構造群をU(1)とする複素ライン束E\to R^{3}を考えます。波動関数はその切断になります。Eの接続とベクトルポテンシャルのゲージ変換は同じ変換性を持つので、結局

Eの接続=ベクトルポテンシャル

になります。正確にはベクトルポテンシャル虚数をかけたiAが接続形式になる。

Eの局所基底としてe^{i\beta}をとると、共変微分(共変外微分)は、普通に微分して接続形式による線形変換を加えるだけなので

\begin{equation}de^{i\beta}:=i(d\beta)e^{i\beta}+iA e^{i\beta}\end{equation}

最後に改めてA:=d\beta+Aと再定義すると上の式が出てきます。

ゲージ変換が回転の場合

ディラックは非可積分位相についての考察に続いて、電荷量子化を導き出します。

大域的にはベクトルポテンシャルはゲージ変換で張り合っており、それに合わせて波動関数\psi\to \psi e^{ic\gamma}という具合に変換を受ける。ここでcは定数です。\gammaR^{3}内のある軸回りの回転角のときは、\gamma=0\gamma=2\pi波動関数のとる値は同じでなければならない。ここから

c=整数

という量子化条件が出る。物理定数を入れて次元の計算をすると、cのところに電荷や磁荷が現れる。

ディラックは実際に\gammaR^{3}内の回転角になるようなゲージ変換の例を作っています。そこからモノポールが出てくるわけです。難しくないので、その例を見てみる。

モノポール

回転軸として一般性を失うことなくz軸をとる。球面座標(r,\theta,\phi)で、z軸回りの回転角を\phiとする。波動関数のゲージ変換はe^{i\phi}ベクトルポテンシャルのゲージ変換はd\phi

球面座標の正規直交基底は(dr,rd\theta,rsin(\theta)d\phi)なので、正規直交基で書けば:

\begin{equation}d\phi=\frac{1}{rsin(\theta)}(rsin(\theta)d\phi)\end{equation}

従ってr=0\theta=0,\piにシンギュラリティーがある。

\thetaのシンギュラリティーを消す方法はすぐに思いつく。それは\pm 1-cos(\theta)を掛けること:

\begin{equation}A_{\pm}:=\frac{\pm 1-cos(\theta)}{rsin(\theta)}(rsin(\theta)d\phi)\end{equation}

これをそのままベクトルポテンシャルとすれば

\begin{equation}A_{+}-A_{-}=2d\phi\end{equation}

となってゲージ変換が軸回りの回転となる条件を満たす。

この時の磁場を求めると

\begin{eqnarray}B=dA_{\pm}&=&d(\pm 1-cos(\theta))d\phi\\&=&sin(\theta)d\theta d\phi\\&=&\frac{sin(\theta)}{r}\frac{1}{rsin(\theta)}(rd\theta)(rsin(\theta)d\phi)\\&=&\frac{1}{r^{2}}(rd\theta)(rsin(\theta)d\phi)\\&\to&\frac{1}{r^{2}}dr\end{eqnarray}

最後はホッジの星作用で変換した。こうして磁場の逆二乗則が出た。

感想

ディラックは必要に迫られてデルタ関数を発明したといわれていますが、上の共変微分にも似たものを感じました。モノポールのところはディラックの論文からは数学的に妥当な解釈を引き出すのが難しく(私の能力ではということですが)、ネットの解説記事

https://encyclopediaofmath.org/wiki/Dirac_monopole

を読んでようやく理解できました。

ちなみに日本の物理学者による解説記事や書籍も目を通しましたが、残念ながら全く役に立たなかったです。

 

最後に論文へのリンクを貼っておきます。

Dirac 1931 https://royalsocietypublishing.org/doi/epdf/10.1098/rspa.1931.0130